Dead or Alive?
「つまらん」 さっきまで新聞を読んでいたはずの知盛がいきなり言った台詞に、雑誌を読んでいた望美は驚いて顔を上げた。 見れば、いつの間にか新聞を畳んだ知盛が面白くなさそうにそれをマガジンラックに突っ込んだ所だった。 「あのねえ、出かけようよって言ったのに嫌だって言い張ったのは知盛でしょう?しかも私もほったらかしで新聞読んでたのはどこの誰?」 膝の上に雑誌を広げたまま望美が抗議すると、知盛はちらっと望美を見やる。 その視線だけで無駄に色っぽいのが憎たらしい・・・・などと望美が思っていると知盛は口角を上げた。 「クッ・・・神子殿を蔑ろに致しました事、お許し願えましょうや?」 明らかにからかっている以外の何物でもない謙った態度に、望美はわざと尊大に胸を張って見せた。 「許してつかわす。」 「それは、有り難き幸せ・・・・」 「ぷっ、それ可笑しい!」 とうとう堪えきれなくなったように笑い出してしまう望美。 知盛が何も言わないのを良いことにひとしきり笑ってから、さっきの言葉を思い出す。 「で、何がつまらん、なの?」 望美がそう聞くと、彼女が笑っている間にソファーに移動した知盛が視線を投げてよこした。 「お前と、戦う事ができないのが、つまらん。」 物騒な知盛の言葉に、望美は一瞬驚いた顔をして、すぐに苦笑した。 「こっちの世界じゃ真剣で斬り合ったりしてたら、すぐに警察行きだよ。」 「・・・・つまらん。」 「あのねえ。」 「お前の、あの俺を射るような熱い視線・・・・剥き出しの欲望・・・・ゾクゾクするあの感覚を味わえないんだからな。」 うっとりと、と表現するのがいっそ正しいような表情で言われて、望美は口元を引きつらせた。 渋面を作ってるつもりなのに、垂れ流しの色気に顔が赤くなっていくのを止められない。 悔し紛れにそっぽを向いて冷たく突き放す。 「だって木刀の試合ぐらいならできなくもないよって言ったら、それじゃ物足りないとか言ったのは知盛じゃない。 ・・・・まったく、どうしろって言うのよ。」 だから知らない!という意図を込めたつもりだったのに、次の瞬間 ドンッ 「きゃっ!?」 寄りかかっていた壁の両側に、音を立ててつかれた手に、望美は驚いて思わず首をすくめた。 そして、はっとする。 いつの間に距離を詰めていたのか、真正面に知盛がいた。 しかも、望美の顔の両横に手をついている形で。 (こ、これって・・・・捕まってるっていう感じ?) なんだか嫌な予感がして、目の前の知盛を睨み付ける。 瞬間、知盛が婉然と笑った。 「!」 やばい、と直感した時にはもう遅かった。 あっと言う間に距離を詰めた知盛の唇が望美の唇を塞ぐ。 「んぅ!」 驚いている望美の唇を、知盛の舌がゆっくりとなぞる。 その甘い動きに、陶然となって唇を開きかけた望美は危ういところで思い切り唇を閉じた。 同時に思い切り知盛を突き飛ばす。 「っ!はぁはぁ・・・・知盛!!」 思いの外あっさり逃げ出した望美は知盛を睨み付ける。 「明日は体育があるから今日はしないって言ったでしょ!?」 そう、望美だって知盛とキスをするのが嫌なわけではない。 でも知盛がキスだけで終わってくれるとはとうてい思えないのだ。 おまけに・・・・望美自身、求められれば答えてしまうだろうという悲しいかな、予感があった。 普段なら、それでもまあ、仕方ないと諦めはつく。 が、明日の一限が体育となれば話は違う。 足も腕も首筋も露出する必要のある日の前日に、そんな冒険はできない。 だから知盛の部屋に来た直後にさっくり望美は宣言していた。 『今日はしないからね!』と。 しかし、望美に怒鳴られた知盛の方は至って涼しい顔で言ってのけた。 「お前がその気にならなければ、いい。」 「なっ!?」 「俺とて、その気でない女を無理矢理抱いたりはしないさ。それに口付けをするな、とは言われていない。」 「だからって・・・・!」 言いかけて望美は言葉につまる。 確かにそれはその通りだ。 望美は「しない」とは言ったが、キスの事までは言わなかった。 (だけど!知盛のキスって・・・・!!) 巧いのだ、ものすごく。 望美には比べる対象は皆無だが、少なくとも望美にとっては巧い。 それに捕まってしまえば、逃れるのは至難の業なわけで・・・・。 じりっと望美は警戒するように、知盛から距離をとる。 その様子を、知盛はいたく満足げに見つめて口の端を上げ、とんでもないことを宣ってくれた。 「・・・・これも、戦の一つ、か。」 「はっ!?」 思わず叫んでしまった望美に対して、知盛はまさににやり、と表現できる笑顔を望美に向けた。 「まあ、手応えのある戦いを期待してるぜ?神子殿。」 「な、何の話よっっ!!」 言い返した声が若干、裏返ってしまったのはしょうがない。 何せあの退廃的で、行動的とはおよそ対局に生きる知盛が、すでにしっかり臨戦態勢なのだから。 「こ、こういうのって鼠をいたぶる猫っていうんじゃ・・・・」 「ほお?お前は怯えるだけの鼠か?」 即座にかえってくる挑発に、望美はうっと言葉に詰まった。 こういう言い方をされると言い返したくなってしまうのが望美の性分なのだ。 しかし、言い返せば更に厄介な事になるのは目に見えていて・・・・。 「それとも諦めるか・・・・?それも、俺にとっては好都合だが、な。」 「!冗談じゃないわ!窮鼠猫を噛むって言葉を知らないの?負けないんだからね!」 (ああああ、言っちゃった〜) 言った瞬間後悔したが、出てしまった言葉はもう戻せない。 その上、その言葉を聞いた知盛は実に楽しそうに笑ったのだ。 それはもう、いつかの戦場で出会った時のように、極上の獲物を見つけた肉食獣の瞳で。 ツゥ・・・と、望美は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。 (明日・・・・学校行ける、かな・・・・) もはや体育どころの話ではない。 だがしかし、ここで負けて陥落してしまうのも悔しい。 望美はぐっと拳を握って知盛の視線を真っ直ぐに見返した。 「負けないんだからっ!」 「クッ・・・・いい目をするじゃないか。」 ―― この場に将臣でもいたら、どこの戦場だ!!とツッコミが期待できただろうが、生憎彼は不在で。 じりじりと距離を取り合う望美と知盛の攻防戦の幕が切って下ろされたのだった。 〜 終 〜 |